■粟国島、アビエルト、とても幸せな勘違い。

いま、ログインしようと思ったらパスワード間違えたよ。小学生のときに交換日記をしていたバンビちゃん(現在福岡在住、二児のママ)から、「ブログも更新しとらんし、元気かなと思って」とメールをもらって、気がついた。あれ、もう2ヶ月も更新しとらんやった。


先週は沖縄にいました。粟国島という、那覇からフェリーで北に2時間半の離島。念願の初沖縄ながら、夜、那覇に到着した足でそのまま港へ。船員会館に一泊し、朝には島へと渡りました。まあ、空の青が青いこと。植物の緑が緑なこと。ハイビスカスの赤が赤なこと。海の、なんと、海なこと!

目的は、仙台の心優しきミュージシャン・熊井博基の「浮かぶライブin粟国島」。20代半ばながら、アコギ1本で完璧な世界を創り出す素晴らしい才能とそれをしっかり支える技術があるのにもかかわらず、気の弱さ、もとい優しさから、なぜか沖縄の離島の総合センターのホールに立つことに。受け容れる、この度量が、素晴らしい。ステージの両脇には、ともに黒い衣装のお姉ちゃんふたり。声楽家の上畠尚子さん、そして、ヴァイオリンをたらりと提げる石井美紀子。いま新宿で禁煙バーを経営する彼女が、私たち夫妻の20年来の旧友。

イシイミキコを軸にする一行は14人。自分でも頭のおかしいバンドを主宰する、仙台在住の熊井博基マネージャー。今回のもうひとつの目的であるPV撮影を担当をする、阿部和重シンセミア』の写真家として知られる大きなぬいぐるみのクマ、ではなく相川博昭さん&4歳の息子ちゃん(海賊中)。沖縄在住のガジュマルの樹のような生命力ぱつぱつのサチちゃん&10歳の娘ちゃん(家出先の東京から戻ってきたばっか)。東京からミキコに会いに来たお姉ちゃん。同じく東京組で、ミキコや私と同じ雀荘で働いていたハルナちゃんと、「彼女を力尽くで奪おうとしたら力負けした」彼氏。そんで3歳の娘を入れた、うちら一家(相川さんとは15年ぶりの再会)。えーっと。

サンゴに埋め尽くされた白いビーチがあり、色とりどりの貝があり、海沿いのプチホテルで夕暮れのハンモックに揺られ、ソーキそばがありグルクンの唐揚げがあり、白米に島の塩をかけ、素晴らしすぎるライブがあり、ホテルに帰る道すがら海に落ちる我が影に驚き空を見上げれば満貫、もとい満月が煌煌と輝き。海風に優しく揺れる島バナナの長い影が、ツレの腕に抱かれて眠る娘ukabu RecordsのTシャツの背中、NINACOMODAの文字を撫でて通り過ぎた、り、する旅でした。



そういう時間を、この頃は送っています。神戸の我が家には、ありがたいことに、毎月誰かが泊まりで来て遊んでいってくれます。スペイン人に、日本人に、スペイン在住日本人に。そして「ホーム」の神戸では、「このひとの傍で生きてみたかった」現代思想家にして武道家そして麻雀仲間の内田樹さんのお引き合わせのおかげで、様々な大人さんに相手していただいて。こうして遊びに来てもらったり、自分たちも遊びに行ったり。気づけば今年の誕生日は、合気道合宿地の宿で50名以上にハッピーバースデーを歌っていただくという、なんだかものすごく幸せなことになっていました。実は帰国後の最大のテーマのひとつが、「開いていること」(スペイン語でabierto/aという方が、ピンとくるけど)なのです。ま、笑う門には福来る、とね。



仕事の話もします。まず、肝心のNINACOMODA。なんと合気道の兄弟子がその分野のエキスパートで、本当に親身に相談に乗ってくれています。ありがたや。おかげで初参入の業種ながらだいぶ見晴らしもよくなりつつあるところ。先日は、「そうだ、PL保険なども入らないといけないですよね。やはり商工会の?」と訊くと、「あ、それならお稽古に来ている○さんに一度相談してみたら?」「?」「たしか、商工会のひとだったはずだよ」 きゃー。そんなこんなで、現在、先方の企業と独占契約を交わすための最終調整中。進んでます。いまちょうど「社長」が、銀行へ行くために家を出るところ。行ってらっはい。


母親支援プロジェクトmamacomoda。こちらはほとんどウェブもできあがり、あとはインタビューを待つばかり。これは、自分自身が勉強したいことを、「マエストロ」に教えてもらいながら、さらにその先の大きな光景を見せていただこうというもの。現在、K1のリングドクターやボクシングの長谷川穂積選手のドクターとしてご活躍中の三宅安道先生のお話を伺うべく、日程調整中(って、今週2回も会ってるのだけど。センセ、忙しいんやもん)。人間の身体を考えるキモを、教えていただきます。乞うご期待。

またこのインタビューには、HIV研究で知られるお医者さんで「ほぼ日健康手帳」の生みの親であり、またビッグイシュー責任編集なども勤めた本田美和子先生も登場(今月、有馬温泉で焼き栗食べながら紅葉見て口説いたの)。1月にアメリカで行われる国際エイズ学会「女性とエイズ」の後に、その話をふまえたインタビューを行うことが決定しています。さらに、一昨日、人類にとって表現とは何かを考え抜き、子どもたちの美術教育にも力を注ぐ画家・山本浩二氏にもご協力を依頼したところ。ともかく、精いっぱい、おもしろいことをします。こちらも乞うご期待。

同じプロジェクトの一環と位置づけている、スペインの育児書の翻訳は、いまマジョルカ在住のいずみさんという素晴らしいチェッカーに順次校正していただいているところ。いやもう、ほんとうに彼女の日本語が素敵なの。さっき本文の最終項が終わり、あとは、補足の「離乳食の歴史」と、エピローグの「近未来SF、もしも…」を残すのみ。予定通り、春に刊行できるかな?


小説も、書いています。相変わらず、夜中に。しかし、3時に起きても4時には娘が泣きながら「ママがいなかったの〜」と起きてくる。仕方ない。というか悲しませてごめん。でもかーちゃんは書きたいのだ。それがミッションだと、勘違いしてしまったのだよ。そして娘、それはとっても幸せな勘違いなんだ。

そしてこの1ヶ月ほどの最大のテーマは、「家族がいちばん」。ええもう、この秋は、イシイミキコとsonodabandのメジャーデビューライブに行き、またもや合気道の(別の)兄弟子に神戸チキンジョージの「お兄ちゃん」に紹介していただいて熊井博基の初神戸ライブを決めたと思えばなぜかsonodaband打ち上げに紛れ込んで乾杯していたり、誕生日の合気道神鍋高原合宿2泊3日ではリアルな倍音を聴いて震撼したり、小雨降る日にてっちり食べてヒレ酒呑んで内田センセと肩を並べて阪急電車で帰ったり、夢のように楽しいことばかりが続いてました。でもそれもぜんぶ、笑顔で(たまに無言で)送り出してくれた家族あってこそのこと。どっちか選べと言われたら、もちろん家族ですわ! 1年遊んで、ようやく気づいた。娘とツレの笑顔なくて、世の中になんの意味もあるもんかい。そういや今月は、13回目の結婚記念日もあったのでした。


というわけで明日は、来週には4歳になってしまう娘と、駆け込みで七五三の記念撮影をしてきます。思えば海外生まれでお宮参りなどもしたことなければ、家族写真も一枚も撮ったことなく。さあて、福が来てくれるくらい、みんなとびっきりの笑顔ができるかな。

行ってきます!
いつも見てくれて、ありがとう!!



【今週の「社長」】 さすがにEXW、FOB、プロフォルマ・インボイスなどの用語になると、貿易にたずさわっていた「社長」は強い。しかし船には弱かった。粟国島への行きのフェリーは、あとから知ったのだけど、向かい風に突き進むので揺れがひときわ激しいらしい。まず、娘がダウンして、私の腕の中でげー。ひとまず簡単な処理をし、娘の着替えを「社長」に頼んでから自分の服を洗って戻ると、「ごめん、オレもあかん」と退場。帰るフェリーに乗るのがイヤで粟国永住も考えたのだけど、帰路はべた凪&追い風スイスイでした。



▽リファレンス

粟国島役場:島の名産は、古来からの方法で作られる美味しい塩。それと黒砂糖。ソテツ原野で放牧される牛は、宮崎に運ばれてブランド牛になるとか。そして最高のダイビング・スポットだそうです。


熊井博基:仙台出身、26歳男子。ブルーズをベースに、あらゆるジャンルを柔軟に取り入れて編まれた音楽は、「なぜ20代でこんなに渋い」音&「なぜ男子なのにこんなに優しい」声という、形容しがたい魅力を持つ。アコギ1本で切なく温かな世界を生み出す、音楽の神様の子。たぶん前世は、北国の小部屋で着てはもらえぬセーターを編んでいた女子だね。イシイミキコが詞を提供し、ヴァイオリンを弾く曲も秀逸。


・石井美紀子:元クララサーカス、有頂天のケラが主宰するナゴムレコードからCD出してました。小島武夫や萩原聖人を破って優勝した「伝説の素人」としても、麻雀界では知られる女。現在は新宿御苑で会員制バーを経営。ukabu records主宰。


相川博昭:あいかわさんだー。15年ぶりに会ったらぜんぜん変わってなかった。というわけで知らなかったけど『シンセミア』などで素晴らしいお仕事を重ねていたのね。パノラマVR制作ユニット「AMARONA:P」のメンバー。



ちきゅうぐるぐる

ちきゅうぐるぐる

山本浩二画伯の、「人類の子ども」としてのミッションが結実したひとつ、だと思ってます。子どもが表現にむかう真剣さと自由さ、そしてそれをぢっとぢっと待ってそっと背中を押す画伯の優しさに、心うたれます。


夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです

夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです

・本田美和子医師がすすめてくれて、一緒に行った芦屋オブリコルールでも「これ、読んだ?」と出されて、読んでみればあらまあそこには創作のすべてが書いてあるではありませんか。いま半分くらいまで読んでいるところ。小説家も画家も、夢を描く。世間一般にお約束事として語られる「日常」ではなく、より根源に切迫してくる「リアル」という夢を描く。それは夢でしか描けないものだからだ。だけどそのためには作者は覚醒していなければならない。深く、ずっと深く。…って、こんな酔った文章を書くようではまったくダメだということなのさ。