■ 紀州路快速。率直に言って。The long and winding road。

先週に続き、2度目の神戸行き。和歌山からJR紀州路快速に乗って、大阪で乗り換えて、「そして神戸」、に着いたのは2時間後。通勤するにはやっぱり遠い。というわけで今回のテーマは、家探し。

スペインからのインターネットでの下調べと、先週の現地調査(というか散策)で「最寄り駅にしたい」No.1に輝いたJR住吉駅前のN不動産へ。事前連絡済の希望物件6つを見せていただく。東灘区の、JRと阪神線のあいだを、車でぐーるぐる。第一希望、商店街隣の見晴らしのよいマンション、は、すでに先約アリとのことで、タッチ差でアウト。第二希望、住吉駅のお隣、摂津本山駅と、さらに隣の甲南山手駅のあいだの戸建て。立地はやや不便ながら小さくて素敵な家で、こちらを申し込むことにしてオフィスに戻る。

「えーっと、非常に申し上げにくいんですが」から始まる言葉は、たいがい悲しい。私たちを担当してくださった、いかにも温かなお母さんといった雰囲気の女性が申し込み書を差し出しながら続けたのも、40歳「社長」にはじつに悲しい言葉だった。「現在無職、昨年の日本での収入もない、ということですので、正直、その、ちょっと厳しいんですよね」
そう、自称「社長」は実質無職。だからそこのところはよくよく覚悟して、和歌山で堅い仕事に就く「社長」のお兄さんに頭を下げ、連帯保証人としての内諾を得ていた。
「いえ、それとは別にですね、本当に申し訳ないのですが、率直に言いまして(註:これもたいがい不吉な「枕詞」だ)、ご主人様に賃貸契約のご当事者となっていただくことが、ちょっと。できない、ということで」
え、大学生でもできるのに? っていうか、民法上、契約の当事者になれないのって未成年と禁治産者くらいじゃなかったっけ? スペインでは、預貯金を証明すれば保証人もなしで賃貸契約できたのに……。などと言っても仕方ない。家がなければなにもできない。ともかく実家に連絡して義父に名義を貸していただくことにし、そうなると書類を勝手に作成するのも憚られるので、ひとまず和歌山に帰ることにする。

「あー、厳しいなあ」
オフィスから小雨降る住吉駅前通りに出て、傘も開かずに、「社長」は、空を仰いで呟いた。両親を安心させるためでもあったはずの帰国で、こうしてさらに迷惑を掛けざるをえないなんて。俺、40歳にもなって、なにやってるんだろう。口数少ない「社長」の苦悩が、隣に立っているだけで、ひしひしと伝わる。辛いなあ。辛いよね。


翌朝、気を取り直して、ダメモトで「できればここに住みたいけど絶対無理」阪急岡本駅前のP不動産へ。今回は初手から、こちらの事情をすべて伝える。「わかりました」 地元出身という青年と、小さなお嬢さんがいるという頼りがいのある男性が、実にきもちよく、てきぱきと物件をピックアップしてくれる。が、なんと第4候補まですべてタッチ差アウト。「すみません。ちゃんと最後まで、責任もって探させていただきますので」 彼らの声に励まされ、いくつか「その他」の物件を案内してもらっていると、青年の携帯電話が鳴った。「あ、空き、出ました?」
こうして飛び込んできたのが、かなり狭いながらも立地が最高の物件。なんせ第一候補のJR住吉、そして憧れの阪急岡本まで、ともに徒歩15分。つまりは最寄り駅がない不便な場所なのだが、住吉川も近いし、まあ、健康に良いではないか! とポジティブに受け止める。それに日本ではママチャリも、盗難や首絞めを恐れずに使えるし。自転車というと競技用しか見かけなかったマドリードとは、大違い。
オフィスに戻って、「恐怖の」申込書作成。しかし今回は、賃貸保証会社との契約が条件となる一方、「社長」本人名義での契約ができるという。このあたり、どうやら貸主や仲介不動産会社によってコンディションが大きく異なるらしい。現状では「社長」とカギ括弧付きで書くしかないオットにはこれが、本当に、「率直に言って」うれしかった模様。やはり重要事項は兄に直接記入してもらうことにし、連帯保証人の具体的なデータを空欄にした仮の申込書を提出して、晴れ晴れとした表情でオフィスを後にする。

てくてく歩いて、JR住吉駅隣にある東灘区役所へ。今回、住居探しと同時に進めているのが、保育園探し。娘は2歳9ヶ月、スペインでは1歳から保育園ライフを満喫していた。そしていまから日本での生活の基盤を作ろうとする私たちは、起業準備中から夫婦でフルに動かなければならない。が、スペインからのリサーチおよびP不動産の男性の話によると、東灘区は幼稚園・保育園激戦地。先週、区役所に電話で問い合わせたときには、2歳児の「空き」が1名だけあるとのことだったが……。
東灘区役所5階は、ワンフロアまるごと育児関連に充てられている。電話でも応対してくれたIさんが親身に相談に乗ってくれ、ついさっき手にしたP不動産との賃貸仮契約書での申し込みを認めてくれた。ありがたや。無論、賃貸契約が完了し次第、新しい住民票などを整えて再提出する。保育園は「家」から徒歩20分くらいの場所だが、受け入れてくれるなら文句はない。なんせ9月末までに申し込み、10月の審査と面談にとおれば、11月1日から通園できる。ああ、早く、日本での「生活」を始めたい……。


というわけで、現在、不動産の貸主の審査、保証会社の審査、保育園の審査の結果待ち。どれひとつとっても、通る自信はいまひとつない。ああ、まっとうな日本人になる道は、かくも険しく、かくも遠いのです、母さん。頭の中に流れるのは母と同じ年に生まれたジョン・レノンも歌うビートルズThe long and winding road。ジャジャーンジャーン



【今日の「社長」】
スペインの運転免許から日本の免許への書き換えを申請。こちらも約2週間ほど、大好評審査中になるとのこと。
なお、前回紹介した本はふたりで読んでいるところだが、「なんか足りない。いちばん大事な・知りたいところがわからないよね」というのが共通の感想。



▽リファレンス

民法第20条制限行為能力者について定める。「禁治産者」というのは1999年改正前の呼称らしい。外国にいるあいだに、法律も変わっていたのね……。

・「レット・イット・ビー」:「The Long and Widing Road」を収録。このCD、世界一周旅行から帰ってきた兄(現在アメリカ在住)に買ってもらったけど、スペインで泥棒に入られたときに盗られた。いまごろどこに居るのやら。

レット・イット・ビー

レット・イット・ビー


外国免許の切替(警視庁):スペインがジュネーブ条約加盟国でよかった。審査にパスすれば、適性検査だけでOK、のはず。が、果たして私に本当に適性があるのかと問われると……。