■ ビッグイシュー、「リナ」ちゃん。

ビッグイシューという雑誌がある。「ホームレスが売る雑誌」で、1冊300円のうち160円が、販売者の収入になる。都会にお住まいの方なら、街角で、雑誌を売る姿を見かけたこともあるかもしれない。

「気になる、でもなんなん?」というのが、帰国して初めて住吉駅の販売者さんを見たときの、正直な感想。そのとき、彼が手にしていた最新号の表紙はたしか、バカボン鉄腕アトム(128号、特集は手塚るみ子×赤塚りえ子)。気になるにもほどがある。でも、立ち止まることすらはばかられた。手売りの本、って、詩集くらいしか見たことなかったから。

ちょうどその直後、友人の本田美和子医師からこの雑誌のことを教えられた。ゲスト編集長として、HIV特集記事を編まれたという。132号、表紙はジョニー・デップ。特集や巻頭インタビューもだけど、連載記事もおもしろかった。それから毎号、見かけたら買っている。


住吉駅の販売者さんと話をするようになったころ、阪急岡本駅にも別の販売者さんがいる日があることに気づいた。こちらは娘の保育園の送り迎えの際に、COOPで買い物をすると、前を通る。住吉駅の方に申し訳ないと思いつつ、こちらで買うことが増えた。いつも娘連れなので、販売者さんもすぐに顔を覚えてくれる。こうなると、思わず足も向く。

先週、最新号を買ったついでに、バックナンバーの有無を問い合わせた。表紙に小さなアンパンマンが描かれているのを一覧の中に見つけた娘が、欲しい欲しいと言っていたのだ。「いま無いんですが、今度持ってきます」 販売者さんが、そう引き受けてくれた。


2日後、翌日は雨という予報の前の日に、COOPの買い物はなかったけれど、保育園を出て自宅とは逆方向に曲がり、阪急岡本駅前の坂を登った。すぐに、「彼」の姿を見つけた。娘が「としょかんのおじちゃん、いたよ!」とうれしそうに言う。挨拶を交わす。「持ってきましたよ」 「彼」が、バッグを開ける。中から、ビニールの袋に綺麗に入れてもらった、アンパンマンが表紙の号が出てきた。

「ちょっと待ってくださいね」と彼は言い、ビニールの袋に入れていた白い紙片を抜き取った。そこに「リナちゃん」と書いてあったのが、ちらっと目に入った。あっ、と思った。娘の名前は、「リナ」ではない。「彼」は娘の名前を知らない。ただ、私たちが注文したバックナンバーを準備するとき、私が娘を呼ぶ声を思い出して、「リナちゃん」と書いてくれておいたのだろう。

胸が熱くなった。こんなに、「私たちのため」に用意してもらった本を受け取ったのは、初めてだった。「彼」にあらためて娘を紹介し、娘にも「彼」を紹介する。「彼」から受け取った「アンパンマンの本」を「よかったあ」と大事に抱えた娘は、笑顔の「彼」にそっと抱えられて、私の自転車の後部座席に乗った。

物の販売が生むなにか根源的なものに触れた、気がしたんだよ。


▽リファレンス
ビッグイシュー日本版